阪神タイガースの歴代野手

阪神タイガースの野手を語るうえでは、やはりミスタータイガースと呼ばれた3名を外すことはできません。初代は物干し竿バットの藤村富美男、そして3代目は天性のアーチスト田淵幸一、そして4代目はオールスターでも3打席連続本塁打を放った掛布雅之。ただやはり、阪神タイガースを唯一の日本一に導いたランディ・バースも触れずにはいられません。

BBCrix編集部

プロ野球創成期を彩った、物干し竿バットで有名な初代ミスタータイガース藤村富美男

阪神タイガース・猛虎英雄譚/Regend of tigers 001〜藤村富美男 | 恋人は南風〜Inside Outside U.M.I.&S.O.R.A

藤村富美男
阪神タイガース通算17年、1,558試合、1,694安打、224本塁打、1,126打点、打率.300
首位打者1回、本塁打王3回、打点王5回、最優秀選手1回

あのスーパースター長嶋茂雄も憧れたという初代ミスタータイガース藤村富美男。阪神タイガース入団前からすでにその実力は折り紙付き。広島呉港中時代には、4年連続甲子園に出場して、1934年には優勝投手となります。1936年に大阪タイガース(現:阪神タイガース)に入団。すると非凡な打撃を披露して、阪神タイガースの優勝に大貢献しました。

戦争を経て、プロ野球が再開すると阪神タイガースは藤村を中心としたダイナマイト打線でリーグを牽引。戦後初の本塁打を放った藤村の特徴は、37インチという長い物干し竿バットでもありました。通常では使いこなせない物干し竿バットで、藤村は本塁打を量産。さらに史上初のサイクルヒットなど、まさに阪神タイガース創成期を支えました。藤村の才能はバッティングだけでもなく、投手として34勝もマーク。捕手以外のすべてのポジションを経験したという二刀流どころの騒ぎではありません。藤村がいなければ、大阪における阪神タイガースの人気拡大はあり得なかったほどでした。こうした阪神タイガースファンの特別な感情が、いつしか藤村をミスタータイガースと呼ぶようになりました。

阪神タイガースの監督も兼任しながら現役を続けた藤村でしたが、1959年ついに引退。しかしこの試合で先発したのが、奇しくも後に2代目ミスタータイガースを襲名する村山実。記憶にも記録にも残る藤村に対して、その栄光を称え、その背番号10は阪神タイガースとして初の永久欠番となりました。

美しいホームラン弾道は球界随一、天性のアーチスト田淵幸一

これがオールタイム猛虎ベストナインだ! | 週刊ベースボールONLINE

田淵幸一
阪神タイガース通算10年、1,141試合、1,016安打、320本塁打、735打点、打率.264
本塁打王1回、新人王

生涯成績(阪神タイガース時代含む):通算16年、1,739試合、1,532安打、474本塁打、1,135打点、打率.260
本塁打王1回、新人王

3代目ミスタータイガースともいわれる田淵は、法政大学時代に通算22本塁打を放ち一気に頭角を表します。それまでの記録が長嶋茂雄の8本塁打だっただけに、驚異の記録更新となりました。山本浩二・富田勝とならんで法政3羽ガラスと呼ばれ、阪神タイガースのライバルであった読売ジャイアンツ入りが囁かれていました。

しかし1968年ドラフト会議で阪神タイガースが田淵を1位指名。涙の阪神タイガース入りした田淵でしたが、新人から結果を残していきます。打率は低いながらも22本塁打を放ち新人王を獲得。4年目以降は5年連続30本塁打以上と、阪神タイガース待望の長距離打者として君臨していました。しかし、時代は読売ジャイアンツのV9真っ只中。そして王貞治の存在で、田淵は本塁打王に届きませんでした。それでも、田淵が描く本塁打の弾道は、他の誰よりも美しく、天性のアーチストと呼ばれていました。チームの主軸を担いつつ、田淵は阪神タイガースの正捕手をつとめ、江夏とのバッテリーは阪神史上でも最強と噂されていました。

田淵はライバルの巨人戦で、おそらく未来永劫破られないであろう大記録を打ち立てています。それは1974年、同一カード3連戦におけるまさかの7打数連続本塁打。後楽園球場での達成でしたが、もしも阪神タイガースの本拠地甲子園であったならば、さらに盛り上がったに違いありません。そして、王が衰えを見せた1975年、田淵は43本塁打でついに初めての本塁打王に輝きました。

田淵にはアクシデントがつきものでした。阪神タイガース時代、毎年のように怪我に苦しみました。耳付きのヘルメット採用のきっかけとなったのも、田淵が左こめかみに受けた死球でした。阪神タイガースで320本塁打を放った田淵でしたが、1978年オフ大型トレードで西武ライオンズに移籍します。阪神タイガースに入団した掛布雅之が成長してきたこともありましたが、異例中の異例でした。西武では、一塁手や指名打者として、西武球団初の40本塁打を記録。さらに阪神タイガース時代では経験できなかった優勝も経験。残念ながら、本塁打王は阪神タイガース時代の1度にとどまりましたが、通算の本塁打率は王に次ぐ2位をマークしました。

恵まれない肉体で本塁打を連発した掛布雅之は、阪神タイガース球団記録の349本塁打

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掛布雅之
阪神タイガース通算15年、1,625試合、1,656安打、349本塁打、1,019打点、打率.292
本塁打王3回、打点王1回

田淵と異なり、掛布の阪神タイガース入団はドほぼドラフト外扱いという期待薄でした。しかし、キャンプで徹底的に鍛えられ、阪神タイガースの三塁手レギュラーに定着。身長175センチと、プロ選手としては低い部類の掛布でしたので、当初は中距離打者でした。ところが、1978年、阪神タイガースが田淵をトレード移籍させると、掛布が長距離打者に転身。同年、オールスターで史上初の3打席連続本塁打を記録。1979年に、48本塁打で初の本塁打王に輝くと、1982年には本塁打、打点で2冠王。こうした活躍により、阪神タイガースの4代目ミスタータイガースの称号を得ることになりました。

阪神タイガースの名選手は、読売ジャイアンツとのライバル関係がありましたが、掛布にも江川卓という好敵手が存在していました。江川が掛布に投げる渾身のストレートは、他の打者の時よりも速かったとも言われていたほどです。

1985年には、3番バース、4番掛布、5番岡田彰布という阪神タイガースが誇る超強力クリーンナップを形成。阪神タイガースの伝説ともなっている甲子園バックスクリーン3連発など、圧倒的な打撃力で、その年は阪神タイガースを日本一に導きました。

しかし元々は中距離打者にもかかわらず、長距離打者に無理やり変わった掛布の肉体には想像以上の負担がかかっていました。30歳を超えると、故障による低迷が続き、かつての打棒は戻ってきませんでした。1988年、阪神タイガースの球団記録となる349本塁打を放ちましたが、33歳という若さで現役を引退しました。引退後、長い間、ユニフォームを着なかった掛布でしたが、2013年阪神タイガースのゼネラルマネジャーとして25年ぶりに復帰。さらに2016年からは阪神タイガースの二軍監督に就任し、現役時代と同じ背番号31のユニフォームを着用しています。

阪神タイガース史上最強の助っ人外国人ランディ・バースは2年連続の3冠王達成

今も助っ人外国人を悩ませる問題に、1985年のバースはどう対応したのか? - プロ野球 - Number Web - ナンバー

ランディ・バース
阪神タイガース通算6年、614試合、743安打、202本塁打、486打点、打率.337
首位打者2回、本塁打王2回、打点王2回、MVP1回

プロ野球につきものである助っ人外国人。メジャー実績がある外国人が必ずしも日本で成功するわけではありません。まさにそれを証明してくれたのが、1983年から6年間阪神タイガースに在籍したランディ・バースでした。

メジャーで6年間、5チームを渡り歩いたバースの成績は打率.212で9本塁打。さらに足の故障で全力疾走はおろか守備もつたない状況で、阪神タイガースの一員となりました。1年目、いきなり35本塁打と自慢の長打力を発揮しましたが、阪神タイガースはバースを解雇するかどうかの決断に迫られるくらい当確線上の選手でした。2年目に本塁打が減少するも、打率が飛躍的に上がり、何とか首がつながりました。

しかし1985年から阪神タイガース史上最強助っ人と呼ばれるくらいの成績を残します。4月に阪神タイガース伝説の甲子園バックスクリーン3連発で波に乗ると、安定して打ちまくりました。本塁打はあと1本で日本記録となる54本塁打、打率.350、134打点で阪神タイガース史上初の3冠王を達成。3番バース、4番掛布、5番岡田のクリーンアップが機能し、阪神タイガース21年ぶりのリーグ優勝し、文句なくMVPに選出されました。続く西武との日本シリーズでも、バースは3本塁打9打点で、阪神タイガースを初の日本一にも導きます。シーズンに続いて、シリーズでもMVPを獲得しました。

続く1986年もバースの打力は衰えを知りません。阪神タイガースの本拠地である甲子園の特徴を生かし、レフト方向への本塁打を量産。王貞治と並ぶ7試合連続本塁打の日本タイ記録を達成しました。結局、打率は現在でも日本記録の.389をマークし、47本塁打、109打点で2年連続の3冠王を達成。阪神タイガース史上、最強の助っ人となりました。しかし1987年、無冠に終わると監督との確執が噂されます。さらに翌年には愛息の重病が発覚し帰国。再来日延期などで、交渉がこじれると阪神タイガースはバースを一方的に解雇。史上最強の助っ人の最後は、あまりにもあっけない幕切れとなりました。

《掛布雅之》ミスタータイガースと呼ばれて : 本日野球日和ナレドモ波高シ。
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