取材・文/田澤健一郎

セイバーメトリクスは 日本球界にどれだけ普及したのか

©️Baseball Crix

 メジャーリーグの貧乏球団・アスレチックスのGM(ゼネラル・マネジャー)が、予算がない故に、それまでの野球の常識から外れた、しかし、新たな選手評価の可能性を秘めたデータを大胆に採用。他球団が見逃している秘めた能力を持つ選手を獲得し、これまた新データをもとに常識外れ(に見える)戦術を実行して躍進を遂げる——。

 これは、2003年にアメリカでベストセラーとなり、日本でも話題となったノンフィクション作品『マネー・ボール』のあらすじである。ここでいう「新たなデータ」とは、統計学の見地から野球を客観的に分析する手法「セイバーメトリクス」で導かれたデータのこと。出塁率と長打率を足した「OPS」がその最も象徴的な数値である。打率や安打数よりも四球の数や出塁率の方が価値が高い、というセイバーメトリクスの価値観は、『マネー・ボール』の通り、導入したアスレチックスが好成績を挙げたこともあって、当時、大きな話題を呼んだ。その後、メジャーリーグではセイバーメトリクスが選手評価数値として定着。さらなる研究により進化もしている(そのあたりは2016年に日本でも刊行された『ビッグデータ・ベースボール』が詳しい)。

 では、ここ日本ではどうなのか? アメリカほどではなく、また、まだまだ打率など既存の選手評価が中心にはあるものの、OPSなどは打者成績に加えられるケースも増え、また投手のQS(クオリティ・スタート)などもテレビ中継で耳にすることが増えた。歩みは遅いが、着実にセイバーメトリクスの認知は高まっているといっていい。そこに大きく貢献したのが、データスタジアム株式会社の存在である。スポーツのデータ分析を専門とする会社として2001年に設立(野球を中心に、現在はサッカーやラグビーなどのデータも収集・解析)。もちろん、セイバーメトリクスの導入もいち早く行い、テレビ中継などのエンターテインメントから実際のプロチームへのデータ協力まで、幅広く事業を手がけている。

 そんなデータスタジアムに、今回は、日本における野球のデータの最前線について話を聞いてみたい。答えてくれるのは、データスタジアムの野球担当アナリストである金沢慧氏だ。

若い選手を中心に高まる関心 “セイバーメトリクス世代”も登場か

 まず、率直に聞いてみたいのが「セイバーメトリクス」など、従来の野球の記録、データに枠を超えた、新たなデータや指標が一般的になってきているか、という点だ。

「『普及した』とは言い切れませんが、確実に高まってはいると思います。その証拠のひとつかもしれませんが、最近は若いプロ野球選手や新人選手からもデータに対する関心の高さが伺えます。たとえば、プロで中軸を任される選手がシーズン中に定期的にデータスタジアムに来社して、自身の攻められ方を研究していたりしますしね」

 実際、現場のプロ野球関係者と会話すると、特に若い選手はデータに対する食いつきがいいという話をよく聞くとのこと。
「それに比べると、コーチなど指導者の方は『人による』という話をよく聞きますね。やはり、データの活用は世代や価値観によるのかもしれません。材料(データ)に関しては、12球団それぞれ豊富になっていることは確かですが、『どこまで使いこなそうとしているか』となると、球団ごとに差が出ているという見方はできます」

『マネー・ボール』が日本で話題になったのは2004年頃。今季の大卒ルーキーなら当時、10歳。高卒ルーキーとなれば6歳。いまの若い選手は、既存の数字もセイバーメトリクスも等しく見ることができる“セイバーメトリクス・ネイティブ”に近づいている、と言えるのかもしれない。

 ただ、ファンの立場からすると、スポーツ新聞やテレビのニュースではまだまだ既存の数値がメインの印象も強い。球場でも日本ハムが昨季からセイバーメトリクスの数字も含めたかなり細かい選手の数値を電光掲示板に表示しているが、それはあくまでも少数派になる。当たり前のようにあった数字に比べると、正直、従来の野球ファンのなかにはとっつきにくさを感じている人もいるかもしれない。そういった人には、どのようにしてセイバーメトリクスなど新たなデータに接し、魅力を知るのがいいのだろうか。

「“データを意識することで、観戦をより楽しめる”ということはあると思います。“予習”“事前の準備”というところでしょうか。単純なところだと、右左の対戦成績。左投手なのに右打者を打ち取るのが得意なリリーフ投手がいるとすると、勝負どころでどう起用されるか、など見方はひとつ深くなるでしょう。また、最近はトラッキングが広まってきているので、その観点から見るのも楽しいです」

 トラッキングとは「追尾」という意味。ここでは、投手が投げたボールを追尾して、その軌道やボールの回転方向、回転数をはじき出すシステムのことを言う。メジャーリーグでは2008年から全球場に「PITCHf/x」と呼ばれる追尾システムが設置され、全投手の全ボールを解析。現在は「Statcast」というシステムが導入され、そのデータを誰でもアクセスできるようにしている。これによって、投手のボールの細かな違いの分類や傾向がわかるようになり、セイバーメトリクス同様、選手評価のひとつとして定着しつつある。

 このインタビューの後編では、このトラッキングについて詳しく解説してもらうことにする。

(プロフィール)
データスタジアム株式会社
スポーツデータの解析や配信を手掛けるスペシャリスト集団
URL:http://www.datastadium.co.jp/

田澤健一郎
1975年、山形県生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て編集・ライターに。主な共著に『永遠の一球』『夢の続き』など。『野球太郎』等、スポーツ、野球関係の雑誌、ムックを多く手がける元・高校球児。

田澤健一郎

著者プロフィール 田澤健一郎