古葉竹識の監督としての活躍について

古葉竹識は、広島選手時代に機動力を武器に長くレギュラーに君臨。晩年は南海ホークスで過ごしましたが、野村克也の元で指導力を磨きました。その後、広島監督に就任した古葉竹識は球団初優勝に、3度の日本一達成など赤ヘル黄金時代を築きました。大洋の監督時代は成果を残せませんでしたが、古葉竹識の通算14年でAクラス9回の実績が色あせることはありません。

BBCrix編集部

古葉竹識の監督・コーチ歴について

古葉竹識の指導者歴

1972年 古葉竹識:南海ホークス一軍守備コーチ
1973年 古葉竹識:南海ホークス一軍守備コーチ
1974年 古葉竹識:広島東洋カープ一軍守備コーチ
1975年 古葉竹識:広島東洋カープ一軍監督(5月より)
1976年 古葉竹識:広島東洋カープ一軍監督
1977年 古葉竹識:広島東洋カープ一軍監督
1978年 古葉竹識:広島東洋カープ一軍監督
1979年 古葉竹識:広島東洋カープ一軍監督
1980年 古葉竹識:広島東洋カープ一軍監督
1981年 古葉竹識:広島東洋カープ一軍監督
1982年 古葉竹識:広島東洋カープ一軍監督
1983年 古葉竹識:広島東洋カープ一軍監督
1984年 古葉竹識:広島東洋カープ一軍監督
1985年 古葉竹識:広島東洋カープ一軍監督
1987年 古葉竹識:横浜大洋ホエールズ一軍監督
1988年 古葉竹識:横浜大洋ホエールズ一軍監督
1989年 古葉竹識:横浜大洋ホエールズ一軍監督
2008年 古葉竹識:東京国際大学野球部監督
2009年 古葉竹識:東京国際大学野球部監督
2010年 古葉竹識:東京国際大学野球部監督
2011年 古葉竹識:東京国際大学野球部監督
2012年 古葉竹識:東京国際大学野球部監督
2013年 古葉竹識:東京国際大学野球部監督
2014年 古葉竹識:東京国際大学野球部監督
2015年 古葉竹識:東京国際大学野球部監督

古葉竹識の監督成績

通算14年 Aクラス9回
1975年 広島東洋カープ 古葉竹識 130試合72勝47敗11分 勝率.605 1位
1976年 広島東洋カープ 古葉竹識 130試合61勝58敗11分 勝率.513 3位
1977年 広島東洋カープ 古葉竹識 130試合51勝67敗12分 勝率.432 5位
1978年 広島東洋カープ 古葉竹識 130試合62勝50敗18分 勝率.554 3位
1979年 広島東洋カープ 古葉竹識 130試合67勝50敗13分 勝率.573 1位
1980年 広島東洋カープ 古葉竹識 130試合73勝44敗13分 勝率.624 1位
1981年 広島東洋カープ 古葉竹識 130試合67勝54敗9分 勝率.554 2位
1982年 広島東洋カープ 古葉竹識 130試合59勝58敗13分 勝率.504 4位
1983年 広島東洋カープ 古葉竹識 130試合65勝55敗10分 勝率.542 2位
1984年 広島東洋カープ 古葉竹識 130試合75勝45敗10分 勝率.625 1位
1985年 広島東洋カープ 古葉竹識 130試合68勝57敗5分 勝率.544 2位
1987年 横浜大洋ホエールズ 古葉竹識 130試合56勝68敗6分 勝率.452 5位
1988年 横浜大洋ホエールズ 古葉竹識 130試合59勝67敗4分 勝率.468 5位
1989年 横浜大洋ホエールズ 古葉竹識 130試合47勝80敗3分 勝率.370 5位

古葉竹識は広島監督で初優勝に日本一と黄金時代を形成も、横浜大洋では結果残せず

【プロ野球80年】古葉竹識氏、広島初優勝 遺影掲げる市民…パレードで泣いた:イザ!

古葉竹識は済々黌時代、甲子園出場を経験。その後専修大学から社会人野球へ身を転じ、古葉竹識は都市対抗でもプレーしていました。しかし社会人時代の恩師・濃人渉の勧めもあって、古葉竹識は1958年広島カープに入団します。2年目からがっちりレギュラーを獲得した古葉竹識は、キャリア中盤から機動力を存分に発揮。2度の盗塁王を獲得するなど、古葉竹識は広島の絶対的レギュラーとして君臨しました。しかし、広島は球団創設以来低迷を繰り返し、自身が選手時代、優勝はおろかAクラス経験も一度だけでした。衰えが見えた1970年から2年間だけ、南海ホークスでプレー。しかしここで野村克也に出会い、ホークス引退後もコーチとして指導者経験をつんでいきました。

1974年、古巣広島の守備・走塁コーチとして復帰。1975年からは一軍コーチとなっていましたが、当時監督だったジョー・ルーツが15試合で帰国し、古葉竹識は急遽5月から監督に就任しました。その時点が広島として26年目でしたが、球団創設以来低迷が続いていました。古葉竹識自身も、すぐに結果を出すことよりも長期的視線で戦力アップを心がけます。現在まで受け継がれる厳しい練習を選手たちに課し、起動力そして守備力アップを狙います。幸いなことにタレントは揃っており、大下剛志、三村敏之の俊足コンビが出塁し足でかき回すと、中軸の山本浩二、衣笠祥雄らが長打力で得点するパターンが出来上がります。心配された投手陣も外木場義郎がエースとして活躍し20勝で最多勝、最多奪三振、沢村賞と賞を総なめにしました。常勝だった巨人が初の最下位に沈んだシーズン、広島は球団創設26年目で初優勝を飾りました。そして古葉竹識が作り上げた広島野球は一過性に終わりませんでした。3年間で3位、5位、3位となったあと、1979年に2度目の優勝。日本シリーズでは、「江夏の21球」でおなじみの絶体絶命のピンチを切り抜けて、古葉竹識は初の日本一を獲得しました。翌年も、主砲・山本浩二の2冠王などで独走優勝。前年に続いて日本一となり、古葉竹識は弱小だった広島で2年連続日本一を達成。その後も、4年間で優勝1回(日本一)、2位2回とまさに黄金時代を築きました。2016年まで広島は日本一3回、リーグ優勝7回を記録していますが、古葉竹識はその日本一すべて、優勝4回と素晴らしい実績を残しました。

その手腕を買われて、古葉竹識は1987年から横浜大洋ホエールズの監督に就任しました。広島時代同様、厳しい練習でチームを変えようとしました。しかしカラーの違いもあって、古葉竹識の教えは浸透しません。さらに当時投手陣の大黒柱・遠藤一彦の故障もあって、チームは低迷してしまいました。結果、3年間で5位、4位、6位と上位浮上できず責任を取る形で1989年に退任しました。しかし古葉竹識は横浜大洋でもしっかり軌跡を残していました。広島時代の名スカウト木庭教を招聘すると、野村弘樹、谷繁元信、石井琢朗らを入団させています。彼らが主力となった998年横浜は日本一となりました。

2008年から、古葉竹識は東京国際大学野球部監督に就任。2011年に東京新大学野球春季リーグ戦で初優勝を飾り、アマチュアの世界でも実績を残しました。

元広島監督・古葉竹識氏が語る「勝てる組織作り」 | 週刊ベースボールONLINE
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