須藤豊の監督としての活躍について

現役時代、通算13年で規定打席に到達したことは1度だけの須藤豊。しかし須藤豊は指導者としての才能が開花し、古巣だけにとどまらず若手育成のコーチ、横浜大洋では一軍監督、そしてセ・パ両リーグヘッドコーチと数々の役割をこなしました。大洋監督時代、順位は3位、5位、5位でしたが、前年よりはチーム借金を減らす素晴らしい戦いぶりでした。

BBCrix編集部

須藤豊の監督・コーチ歴について

須藤豊の指導者歴

1968年 須藤豊:読売ジャイアンツ二軍守備コーチ(選手兼任)
1969年 須藤豊:読売ジャイアンツ二軍守備コーチ
1970年 須藤豊:読売ジャイアンツ二軍守備コーチ
1971年 須藤豊:読売ジャイアンツ二軍守備コーチ
1972年 須藤豊:読売ジャイアンツ二軍守備コーチ
1973年 須藤豊:読売ジャイアンツ二軍守備コーチ
1974年 須藤豊:読売ジャイアンツ一軍守備コーチ
1975年 須藤豊:読売ジャイアンツ一軍守備コーチ
1980年 須藤豊:横浜大洋ホエールズ二軍監督
1981年 須藤豊:横浜大洋ホエールズ二軍監督
1983年 須藤豊:読売ジャイアンツ二軍守備・走塁コーチ
1984年 須藤豊:読売ジャイアンツ二軍守備・走塁コーチ
1985年 須藤豊:読売ジャイアンツ一軍守備コーチ
1986年 須藤豊:読売ジャイアンツ二軍監督
1987年 須藤豊:読売ジャイアンツ二軍監督
1988年 須藤豊:読売ジャイアンツ二軍監督
1989年 須藤豊:読売ジャイアンツ二軍監督
1990年 須藤豊:横浜大洋ホエールズ一軍監督
1991年 須藤豊:横浜大洋ホエールズ一軍監督
1992年 須藤豊:横浜大洋ホエールズ一軍監督
1993年 須藤豊:読売ジャイアンツ一軍ヘッドコーチ
1994年 須藤豊:読売ジャイアンツ一軍ヘッドコーチ
1995年 須藤豊:読売ジャイアンツ一軍ヘッドコーチ
1997年 須藤豊:西武ライオンズ一軍ヘッドコーチ
1998年 須藤豊:西武ライオンズ一軍ヘッドコーチ
1999年 須藤豊:西武ライオンズ一軍ヘッドコーチ
2004年 須藤豊:読売ジャイアンツ一軍ヘッドコーチ


須藤豊の監督成績

通算3年 Aクラス1回
1990年 横浜大洋ホエールズ 須藤豊 133試合64勝66敗3分 勝率.492 3位
1991年 横浜大洋ホエールズ 須藤豊 131試合64勝66敗1分 勝率.492 5位
1992年 横浜大洋ホエールズ 須藤豊 131試合61勝69敗1分 勝率.469 5位
(5月2日から休養に入ったため、純粋な成績は22試合7勝15敗 勝率.318)

監督としての出だしは好調だった須藤豊だが、勝負の3年目は無念の途中休養

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須藤豊は野球の名門・高知商業で春夏甲子園に出場。卒業後の1956年、須藤豊は毎日オリオンズに入団します。レギュラーを奪うかと思われた須藤豊でしたが、徐々に控え扱いとなりました。定位置争いに敗れた須藤豊は、1962年から巨人に移籍。新天地でも絶対的レギュラーとはなりませんでしたが、須藤豊は脇役として存在感を示します。須藤豊は現役生活13年で、495安打に終わり1968年限りで引退しました。

現役最終年時から、須藤豊は巨人で兼任コーチを歴任していました。引退後もそのままコーチ職に就きます。長年、須藤豊は二軍コーチをしながら選手を育て、1974年には一軍コーチに昇格。しかしV9終了とともに大きく戦力が落ちた巨人は、1975年球団創設以来、初の最下位に転落。須藤豊も責任を取る形で、コーチを辞任し退団しました。その後一時野球から離れた須藤豊でしたが、1980年再び球界に復帰。須藤豊は2年間、横浜大洋ホエールズの二軍監督を歴任すると、1983年から再び巨人のコーチに復帰。1986年から、巨人の二軍監督に就任した須藤豊は、持ち前の熱血漢あふれる指導で、勝利と育成の両立を実現。就任した年から、イースタンリーグ4連覇、ジュニア日本選手権3連覇を達成しました。

須藤豊の育成手腕術は買われており、1990年から横浜大洋ホエールズの一軍監督に抜擢されます。前年まで、広島で黄金時代を築いた古葉竹識氏に監督を任せていましたが、3年連続Bクラスで最終年は最下位に甘んじていました。しかし須藤豊は就任一年目から、横浜大洋をAクラスに導きます。開幕戦で、後の横浜の主力となる佐々木主浩が初登板。須藤豊は4月、5月を勝ち越して、途中首位に躍り出る快進撃を見せました。6月7月は負け越しますが、須藤豊は前半戦を2位で折り返し。後半も9月中旬まで2位キープし、須藤豊は踏ん張りましたが、シーズンを64勝66敗3分の借金3、3位で終わりました。ホエールズとして7年ぶりのAクラスを、須藤豊はいきなり成し遂げました。期待の監督2年目、須藤豊は佐々木をストッパーに固定。さらに前年初の二桁勝利を挙げた野村弘樹が15勝と覚醒。打線も3割打者3人に、チーム打率リーグトップを記録。勝率5割前後を行き来した須藤豊は、前年とまったく同じ勝敗の64勝66敗をあげましたが、チーム成績は5位に終わりました。

前年末の須藤豊の高校後輩だった中山裕章の退団などの戦力を埋められず、勝負の3年目がスタート。しかし4月を7勝13敗と負け越し、5月も連敗し借金が8に膨れ上がると、須藤豊は監督を解任。以降の指揮はチーフコーチの江尻亮が監督代行として、シーズン終了まで引き受けました。この年、盛田幸妃と佐々木のダブルストッパーが確立し、江尻監督代行は、54勝54敗1分の勝率5割でしのぎました。結局、須藤豊がシーズン当初作った借金8の61勝69敗1分でシーズン5位に終わりました。しかし、監督就任3年とも結果的に借金をすべて一桁で終わったことは、須藤豊の指導力の高さを示していました。その後も、須藤豊はセ・パ両リーグのヘッドコーチとして力を発揮。今では、問題になるであろう選手に対する鉄拳も有名でしたが、須藤豊の力を必要としている球団はまだまだ多いかもしれません。

野球賭博問題の全容解明へ血を流して完全に膿を出し切れ! 須藤豊氏 - スポーツ - ZAKZAK
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