森祇晶の監督としての活躍について

森祇晶は、巨人選手時代に通算20年リーグ優勝16回、日本一12回という恐ろしい実績。中でも森祇晶は正捕手として支えたV9は圧巻そのものでした。西部の監督に就任すると、9年間で8度のリーグ優勝、6度の日本一を達成。まさに優勝請負人ばりの森祇晶でしたが、横浜監督時代は2年間で3位、6位に終わり契約満了前に辞任しました

BBCrix編集部

森祇晶の監督・コーチ歴について

森祇晶の指導者歴

1972年 森祇晶:読売ジャイアンツ一軍バッテリーコーチ(選手兼任)
1973年 森祇晶:読売ジャイアンツ一軍バッテリーコーチ(選手兼任)
1974年 森祇晶:読売ジャイアンツ一軍バッテリーコーチ(選手兼任)
1978年 森祇晶:ヤクルトスワローズバッテリーコーチ(ヘッド格)
1979年 森祇晶:ヤクルトスワローズバッテリーコーチ(ヘッド格)
1982年 森祇晶:西武ライオンズバッテリーコーチ(ヘッド格)
1983年 森祇晶:西武ライオンズバッテリーコーチ(ヘッド格)
1984年 森祇晶:西武ライオンズバッテリーコーチ(ヘッド格)
1986年 森祇晶:西武ライオンズ一軍監督
1987年 森祇晶:西武ライオンズ一軍監督
1988年 森祇晶:西武ライオンズ一軍監督
1989年 森祇晶:西武ライオンズ一軍監督
1990年 森祇晶:西武ライオンズ一軍監督
1991年 森祇晶:西武ライオンズ一軍監督
1992年 森祇晶:西武ライオンズ一軍監督
1993年 森祇晶:西武ライオンズ一軍監督
1994年 森祇晶:西武ライオンズ一軍監督
2001年 森祇晶:横浜ベイスターズ一軍監督
2002年 森祇晶:横浜ベイスターズ一軍監督

森祇晶の監督成績

通算11年 Aクラス10回
1986年 西武ライオンズ 森祇晶 130試合68勝49敗13分 勝率.581 1位
1987年 西武ライオンズ 森祇晶 130試合71勝45敗14分 勝率.612 1位
1988年 西武ライオンズ 森祇晶 130試合73勝51敗6分  勝率.589 1位
1989年 西武ライオンズ 森祇晶 130試合69勝53敗8分  勝率.566 3位
1990年 西武ライオンズ 森祇晶 130試合81勝45敗4分  勝率.643 1位
1991年 西武ライオンズ 森祇晶 130試合81勝43敗6分  勝率.653 1位
1992年 西武ライオンズ 森祇晶 130試合80勝47敗3分  勝率.630 1位
1993年 西武ライオンズ 森祇晶 130試合74勝53敗3分  勝率.583 1位
1994年 西武ライオンズ 森祇晶 130試合76勝52敗4分  勝率.594 1位
2001年 横浜ベイスターズ 森祇晶 140試合69勝67敗4分  勝率.507 3位
2002年 横浜ベイスターズ 森祇晶 140試合49勝86敗5分  勝率.363 6位

西武を9年で8度優勝させた名将・森祇晶でも、横浜では初の最下位を経験

巨人V9捕手であり、西武黄金期を築いた男・森祇晶 | 週刊ベースボールONLINE

現役時代、監督時代と、森祇晶の実績はすさまじい数字が並んでいます。しかし森祇晶はプロデビューから万全だったわけではありませんでした。岐阜高校時代、甲子園を経験していた森祇晶は、1955年に巨人に入団。しかし、しばらくレギュラーを獲ることはできませんでした。打撃力が乏しい森祇晶は、とことんリードを勉強しついに5年目にレギュラーを奪うと、15年間それを誰にも譲りませんでした。森祇晶は8年連続のベストナインとなるなど、巨人のV9を正捕手として支えました。V10を逃した1974年に、森祇晶は現役引退しました。

森祇晶は現役引退後、親交のあった広岡達郎氏のもとで主にヘッドコーチを歴任。ヤクルト、西武で優勝を経験し、1986年からはその広岡の後任として西武の監督に就任しました。優勝メンバーが揃っていたこともありましたが、森祇晶はいきなりリーグ優勝に日本一を達成。広岡野球も取り入れつつ、自身のカラーでもある緻密な野球を実践。いわゆる当たり前のことを当たり前にやる野球を貫き、西武は常勝軍団に成長していきました。森祇晶は就任1年目からリーグ3連覇に、日本シリーズ3連覇を達成。1989年こそ、前年、伝説の10.19決戦の雪辱を果した近鉄バファローズに覇権を握られましたが、0.5ゲーム差の3位でした。しかし1990年からは、いまだ破られていないリーグ5連覇を達成します。日本シリーズでも、助っ人のデストラーデが脅威の活躍を見せます。1990年は巨人に対して圧巻の4連勝。1991年は王手をかけた広島に対して、逆転で2連覇。1992年、野村克也率いるヤクルトと球史に残る激戦を繰り広げ、4勝3敗で3連覇を達成しました。ここまでの常勝軍団をつくりあげた森祇晶でしたが、フロントとの距離は年々離れていきました。1994年リーグ優勝したにもかかわらず、森祇晶は監督を辞任しました。

しばらくの間、現場から離れていた森祇晶でしたが、2001年より横浜ベイスターズの監督を務めることになります。当時ベイスターズは、1998年の優勝後、徐々に勝率を落としており、その再建を託された形での就任でした。しかし主砲のロバート・ローズの退団など、優勝メンバーがほとんどおらず、森祇晶は開幕して2ヶ月は負け越します。しかし持ち前の緻密な野球を展開し、6月を勝ち越すと、7月はオールスターを挟んで9連勝し3位に浮上。その後、上位進出はできないまでも終盤に粘りを見せてAクラス3位でシーズンを終えました。横浜として5年連続Aクラスが達成されました。

さらなる2年目の躍進が期待されましたが、森祇晶は大きな戦力を失います。正捕手の谷繁元信がFAを行使して中日へ移籍。チームの勝ち頭だった小宮山悟もメジャー移籍してしまいました。さらに前監督の権藤博とは真逆だった森祇晶の采配に対して選手たちの不平・不満がたまります。こうした負の連鎖は、チームの勝敗に如実に現れ、開幕から記録的な低迷が続きます。勝ち越した月は6月だけとなり、9月末、シーズン終了を待つことなく、森祇晶は事実上の解任となる休養を発表。最終成績は、49勝85敗の勝率.363となり、自身初の最下位を経験。就任当初、大きな期待がかけられた3年契約でしたが、森祇晶は志半ばでチームを去ることになりました。

【西武VSヤクルト】「智将・森祇晶VS野村克也のID野球」1992、93年の日本シリーズ同一カードは1勝1敗に終わる! - Middle Edge(ミドルエッジ)
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