山下大輔の監督としての活躍について

山下大輔は、入団2年目から背番号1を背負い、遊撃手のレギュラーに定着。まさに鉄壁だった山下大輔の守りは、当時の守備率記録を更新し8年連続ゴールデングラブ賞も授賞しました。球団の顔となった山下大輔は、現役引退後もコーチとしても貢献。さらに、低迷時、球団の再建をかけて監督も歴任しましたが、最悪の2年連続最下位に沈みました

BBCrix編集部

山下大輔の監督・コーチ歴について

山下大輔の指導者歴

1993年 山下大輔:横浜ベイスターズ一軍内野備コーチ
1994年 山下大輔:横浜ベイスターズ一軍内野備コーチ
1995年 山下大輔:横浜ベイスターズ一軍内野備コーチ
1996年 山下大輔:横浜ベイスターズ二軍ヘッドコーチ
1997年 山下大輔:横浜ベイスターズ二軍ヘッドコーチ
1998年 山下大輔:横浜ベイスターズ一軍ヘッドコーチ
1999年 山下大輔:横浜ベイスターズ一軍ヘッドコーチ
2000年 山下大輔:横浜ベイスターズ一軍ヘッドコーチ
2001年 山下大輔:アジア競技大会野球日本代表打撃コーチ
2002年 山下大輔:アジア競技大会野球日本代表打撃コーチ
2003年 山下大輔:横浜ベイスターズ一軍監督
2004年 山下大輔:横浜ベイスターズ一軍監督
2005年 山下大輔:東北楽天ゴールデンイーグルス一軍ヘッドコーチ
2012年 山下大輔:横浜DeNAベイスターズ二軍監督
2013年 山下大輔:横浜DeNAベイスターズ二軍監督
2015年 山下大輔:横浜DeNAベイスターズ二軍監督

山下大輔の監督成績

通算2年 Aクラス0回
2003年 横浜ベイスターズ 山下大輔 140試合45勝94敗1分 勝率.324 6位
2004年 横浜ベイスターズ 山下大輔 138試合59勝76敗3分 勝率.437 6位

山下大輔は生え抜きOB監督として再建が期待されるも、連続最下位を味わう

【野球】横浜DeNA、ヘッドコーチに元監督の山下大輔氏を招聘:ベースボールスレッド

山下大輔のプロ入りは鳴り物入りでした。名家に生を受けた山下大輔は、清水東高を卒業後、慶應義塾大学へ進学。1年生から遊撃手のレギュラーを奪い、山下大輔はチームの優勝に貢献。主将となった最上級生の頃には、華麗なプレーと端正な顔立ちから慶應のプリンスと呼ばれるようになっていました。こうしてドラフトを迎えた山下大輔は、12球団から注目浴びました。当時のドラフトは事前抽選で指名順が決まり、その順に指名されていく方式をとっていました。1973年、大洋ホエールズはその1番目に指名する権利を得て、大注目だった江川卓ではなく山下大輔を指名。在京球団を希望していた山下大輔は、大洋ホエールズに入団しました。

スーパールーキー山下大輔は、いきなりプロの壁にぶち当たります。打撃も守備もレベルに満たないと感じ、山下大輔はレギュラー奪取のため守備磨きに走りました。すると野球センスの塊だった山下大輔は、2年目に早くも遊撃手のレギュラーを奪うと、1976年には連続守備機会無失策の日本記録も樹立。さらに同年から8年連続ゴールデングラブ賞を受賞するなど、日本を代表する遊撃手となりました。10年後に、遊撃手のポジションを奪われるまで、レギュラーとして常時出場した山下大輔でしたが、大洋で優勝を味わうことはありませんでした。

山下大輔は1987年限りで現役引退しましたが、球団は将来の指導者として評価していました。引退後、アメリカへ渡り現地の野球を勉強すると、山下大輔は1993年より新生・横浜ベイスターズの一軍コーチに抜擢されました。3年の一軍コーチ、2年の二軍ヘッドコーチを経て、1998年からは権藤博監督の指揮の下、一軍ヘッドコーチに就任。山下大輔は監督の右腕として活躍し、横浜の38年ぶりの優勝に貢献しました。その後も、山下大輔は権藤監督とともに3年連続Aクラス入りを実現させました。2001年から、チームを常勝軍団にすべく森祇晶を監督として招聘しました。しかし権藤監督の放任主義から森監督の緻密な野球への変更は、選手たちにアレルギーや反発を引き起こしました。有力な選手たちもチームを去り、2002年は最下位と最悪な状況となります。そんな時に、満を持して、選手からの人望も厚かった山下大輔に声がかかりました。

待望の生え抜きOB監督のため、球団も大補強でバックアップ。現役大リーガーや、FAで通算70勝の若田部健一などを獲得し本気度合いを見せました。山下大輔は2003年の開幕戦に勝利。しかし翌日から6連敗、さらに同月に9連敗を喫するなど最悪のスタートとなりました。期待の新戦力もことごとく山下大輔の期待を裏切り、チームは敗戦を繰り返します。6月には10連敗と勝率2割台という日本記録ペースで負け続けました。リリーフも崩壊していたところに、中日から抑えのギャラードを獲得して、山下大輔は最弱ペースを免れたものの上位進出とはいきませんでした。山下大輔は、この年優勝した阪神に16連敗を喫するなど大きく負け越し。実に開幕4試合目から、最下位に転落した山下大輔は、そのままダントツの最下位で終了。45勝94敗の勝率.324と、ドラフト制度導入後の球団史上最低勝率を記録してしまいました。

逆襲に燃える2年目は、1998年チーム優勝の立役者の一人だった佐々木主浩がメジャーから復帰。打線も好調で4月末に5連勝を飾り、山下大輔は初めて首位に躍り出ます。しかし投手陣は不調から抜け出せず、2ヶ月連続で負け越すと一気に最下位まで転落していました。山下大輔自身も首をかしげる采配も多くなり、その後勝ち越すことはなくなりました。前年と異なり、山下大輔は広島カープと熾烈な最下位を争いこととなりました。8月以降は、ずっと5位をキープしていた山下大輔でしたが、皮肉にも最終戦に敗北して、最下位に転落。前年よりは勝率を上げた山下大輔でしたが、2年連続最下位を喫し、同年限りで監督を退任しました。

横浜DeNAベイスターズファ―ムチーム監督 山下大輔 | 一般社団法人 静岡県人会
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