「本番一球勝負」に挑む始球式

2017年7月23日 信濃グランセローズ戦(長野県・松本市野球場) ©Harumi Misawa

 ベースボール犬「わさび」が始球式でボールを運ぶ時には、リハーサルなしの「本番一球勝負」であることは度々お伝えしてきました。グラウンドに出られるのは、始球式の直前。毎回ちがう球場で、いつも初めてその場で会うお相手に届ける。チャンスはたった一度きり。それはかなりハードルの高いミッションでもあるのです。

 そんな場面において、私“じゃーまね”がいかに緊張せず、わさびを安心させてあげられるか、楽しい気持ちで臨ませてあげられるか重要な役目となります。ハンドラーの緊張は犬の不安につながるからです。実はそこが「運ぶ技術」以上に大切なポイントでもあり、それには私自身が音楽の仕事でステージに立つ経験が大きく活かされています。

 どんなに練習では上手くいっても、本番ではその力を発揮しきれない……そんな経験は誰しも持っていると思います。では、そんなプレッシャーのかかる場面を乗りきるにはどうすればよいのでしょうか。

父の持つ「代打の記録」

 2008年、わさびが独立リーグ(BCL)信濃グランセローズで「ベースボールドッグ」としてデビュー戦に出場し、初めてのボール運びを成功させた時、それを観た関係者の方から、こう声をかけられたことがあります。

「さすが! わさびの本番強さは、お父さん譲りだね!」

 父はスカウトやチーム編成の仕事のほうが長いですが、現役時代は「代打の切り札」として活躍し、現在も「年間 代打安打」のパ・リーグ記録を持っていることを知りました。しかもそれは38年間も破られることなく、2007年にヤクルトの元監督・真中満氏の記録までは、セ・パ通じて記録者だったとのこと(現在もパ・リーグ記録保持)。知らなかった……。「本番強さ」は「父→じゃーまね→わさび」と三代にわたって受け継がれたものだったのか!

代打とは

 今はDH制などで、昔ほど代打起用の場面は多くないかもしれませんが、父が現役の頃には各チームに代打が2~3人はいて、ひとつのポジションのように「代打専門」として出ていることも多かったとのこと。その中でも「ここぞ」という大事な場面に登場するのが「代打の切り札」と呼ばれるピンチヒッターだったそうです。

 代打が起用されるのは、たいてい試合の後半~終盤。ランナーが出て、一打同点・逆転など試合の勝敗を決する場面です。その一打でヒーローにもなれるが、一歩間違えれば負け試合の要因になってしまうプレッシャーのかかる打席……。一体どんな気持ちで打席に立つのでしょう?!

 「ここぞ」という場面で精神的に燃えてくる!
 打てなかったらどうしよう、など結果は考えない。
 「なんとかする! なんとかできる!」と自分を信じて打席に立つ。

 父から出た言葉です。でもどうしたらそう思えるのか。一打席にかける思いはスタメンも代打も皆同じ。いざという勝負どころで結果が出せるか出せないかの分かれ道はどこにあるの?

プロ野球で生きる“己の道”

プロ入りから歴代ユニフォーム姿。日ハム一筋だったNPB時代。

 父がそう思えるようになるまでには「野球人生をどう生きるか」という模索がありました。大学時代、東都リーグで2季連続の首位打者となりプロ入り、ルーキーで一軍出場、2年目はイースタンで首位打者となり、再び一軍へ。

「プロでやる以上は先発メンバーで、とのこだわりもあった。しかしスタメンで4打席回ってきても力が発揮できないことも多かった。体もプロの世界では小さいほう。足が特別速いわけでも、守備が格段に上手いわけでもなかった。でもバッティングには自信があり、認められてきた。ここを活かしていきたい」と。

 選手には色々なタイプがあります。身体的な特徴や技術面・メンタル面など、適材適所でより活躍できるよう見極めていくのが監督の手腕でもあり。4打席チャンスが巡る中で力を発揮できる選手もいれば、「ここ一番」という場面には弱い選手も……。プレッシャーがかかればかかるほど、技術面はもちろん精神力が問われるのはピッチャーもバッターも同じこと。

「“プロ野球で生きる道”はどこにあるのか。自分を見極め、己の使命を自覚し、腹を決める。自分の成績にこだわるだけでなく、チームに貢献すること。それを生き甲斐にしていく」

 プロの世界で生き残るには、結果を出して一軍で使ってもらうには。自分の特徴を見極め、考えて決めたそうです。父がスカウト時代、伸びていく選手に必要なこととして「自分がどういうタイプの選手を目指すのか。プロの世界で自身を見極めていくことが大事」と言っていたのは、こういう経験からも来ているのかもしれません。

そのための練習法とコンディション作り

 もちろん最初は、打席に立つことが怖いと感じることもあったと。「凡打だったらどうしよう。それで試合に負けてしまったら……。勝敗を決する大事な場面の責任の重さに打席で足がガタガタ震えることもあった」と言います。そして当然、大事な場面で打てずに結果が出せなかった時も……。しかし腹が決まって己のやるべき仕事を自覚してからは迷いが吹っ切れ、その目標に向かって練習方法も変わっていきました。

「試合前のフリーバッティングも皆が数多く打つ中でも、時間を決め、本数も制限。1打席の本番だと思い、練習に挑む。1球目からが勝負。常にピッチャーと対峙しているつもりで集中力で勝負する。」

これはまさに、わさびの練習そのものです!「本番一発勝負」を成功させるためには、徐々に慣らす、ではなく常に1球目に集中力を持ってくる。そして運ぶ本数も時間もかなり短くすることがポイントなのです。

 そして、出番はいつあるかわかりません。毎日の試合で、あるかないかわからない1打席、1本で勝負するために、日々の練習に挑み、また試合中も、いつ声がかかってもいいように、コンディションを整えておかなくてはなりません。

 やがて打線の状態と、試合の展開で読めるようになってくると、「8番、ショート、今日は調子がイマイチ……来るか?」と感じると同時に監督から声がかかる。代打として実績を積み、その頃には監督からの信頼も強くなっていき「代打の切り札」として任されるようになっていきました。

一打席に賭ける執念。集中力と決断力。

 いざ勝負の打席。出番を待つ間、その試合のピッチャーの球や調子をよく見極めておき、自分の打席に応用するのだとか。ただ、父は左打ちなので直前にピッチャーが交代になってしまうことや敬遠されることあったようです。

「“代打の切り札”になるからには、相手のピッチャーに威圧感を与え、チームに信頼をされるようにならないといけない」

「代打は絶対に三球三振だけはダメ!三振をしないバッターにならなくてはいけない。遠くに飛ばすことだけではなくコンパクトに打つことにも対応。1球目から勝負できるように選球眼を磨く。そして、2ストライクまで追い込まれたら、フォーム切り替え、バットにボールを上手く乗せるよう、ボールを呼びこんでいく」とも。

「なんとかする! なんとかできる!」

父のこの言葉は「とにかく精神力に頼って打席に立つ」ということではなく、技術面の裏付けや緻密な作戦に基づく「こうすればできる!」という自信からくるものだったのだと理解できました。

プロ入り初・代打サヨナラ本塁打!

昭和47年7月 プロ入り初・代打サヨナラ本塁打(水原監督に迎えられる父)

 その頃からは大事な場面での打席を「怖い」とは思わなくなったそうです。そして思い出に残る試合は、プロ入り初となる代打サヨナラ本塁打。昭和47年7月の対阪急戦。9回裏・4対4で、三塁にランナーをおいての代打の勝負の打席。2ストライクまで追い込まれてのサヨナラ本塁打だったそうです。

 この時の試合は写真が数枚残っており、そこから劇的なドラマを感じ取ることができました。打った瞬間の写真は、贈り物で大きなパネルをいただき飾ってあった記憶があり、現役時代を知らなかった私は、その写真で背番号が「39」であることを知りました。それ以来、わさびがオーダーで服を作る時には、背番号は、いつも「39」なのです。

 父は、こうも語っていました。

「大事な場面ほど燃えてくる!
 “よーし! 明日の新聞が楽しみだ!”
 そう思って打席に立つんだ」

 どこまでもポジティブシンキング!(笑)

 でもそれは地道な「努力」と「練習」を積み重ねた技術と自信、そして「野球で生きる道」への信念と覚悟からくるものだったことがわかりました。

 普段は温和な父。いざという時の勝負強さはこの経験から来ているのですね。こうして「じゃーまねとわさびの“本番強さ”」のルーツを知ったのでした。

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<著者プロフィール>
「ベースボール犬わさび」のパートナーであり、マネージャー(通称:じゃーまね)
わさびと共に、ボールを運び10年目。「ボールを運ぶ」というレトリーブの技術よりも、球場という場でいかに楽しくいられるか、というわさびの気持ちを大切にしながら活動中。
「わさびの信頼に足るパートナーたるか」を自身に問いながら、日々精進。「命を預かるのは命がけ」をモットーに、わさびの栄養管理・食事管理を担い、「本番一発勝負」のプロフェッショナルなお仕事ができるよう心がけている。(ペット栄養管理士/愛玩動物飼養管理士/犬のためのホリスティックケア・アドバイザー)
本業は、作曲家・ピアニスト。

<ベースボール犬わさび プロフィール>
柴犬・♀・13歳
2008年 独立リーグ・BCリーグ 信濃グランセローズ戦でデビューし、千葉ロッテマリーンズ、北海道日本ハムファイターズ(鎌ヶ谷スタジアム)、東京ヤクルトスワローズ(神宮球場)など様々な球場でボールを運び、マツダオールスターゲーム2013・第3戦(福島県いわきグリーンスタジアム)の始球式にも登場した。今季10年目・通算50試合。柴犬初のベースボール犬として、ボールと笑顔を届けている。

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Harumi Misawa

著者プロフィール Harumi Misawa

柴犬初のベースボール犬「わさび」のパートナーであり、マネージャー。通称「じゃーまね」。 プロ野球の始球式でボールを運び、今季10年目・通算50試合でボールと笑顔を届けている。