桑田真澄の高校時代、PL学園在籍当時からずば抜けた能力を持ち合わせていた

PL学園高校から読売ジャイアンツに進みピッツバーグ・パイレーツで現役を終えた桑田真澄選手は高校時代からずば抜けた能力を持ち合わせていました。引退後の桑田真澄選手は早稲田大学の大学院を卒業するなど勉学にも励んでいます。 PL学園高校時代の桑田真澄選手は清原和博選手とのコンビで社会現象にもなりました。そう桑田真澄選手と清原和博選手で”KKコンビ”です。そんな桑田真澄選手のPL学園時代を振り返ってみたいと思います。

BBCrix編集部

◎PL学園入学前の桑田真澄選手

桑田真澄選手は大阪府八尾市の出身で小学校2年生の時からソフトボールを始めます。2年生のときに桑田真澄選手は上級生たちに混じったチームの中でショートのレギュラーを獲得します。小学校2年生の時から桑田真澄選手の身体能力は抜けていたのです。

小学校3年生時にボーイズリーグのチームに処属した桑田真澄選手は5年生でエースとなります。その後中学で桑田真澄選手は1年生の時からレギュラーを獲得します。この当時の桑田真澄選手は投手選任ではなく外野手と一塁手を任されていました。中学1年生の秋になると桑田真澄選手はエースとして活躍します。

中学生時代から桑田真澄選手はその名を轟かせており関係者の間では噂になっていました。中学を卒業した桑田真澄選手はPL学園高校に進学します。

◎PL学園での桑田真澄選手

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・1年生時の桑田真澄選手
PL学園に入学した桑田真澄選手は投手として失格の烙印を押され外野手に転向を命じられました。
そんな中コーチが桑田真澄選手の外野からの返球を見て投手に再転向を命じたのです。これによって桑田真澄選手は投手としての道が始まりました。

1年生の夏の甲子園大会から桑田真澄選手は清原和博選手と同じくベンチに入ります。当時の桑田真澄選手の背番号は1ではなく17でした。桑田真澄選手の登録は外野手兼投手となっていました。

夏の甲子園予選となる大阪府大会の4回戦で桑田真澄選手は初先発を果たします。この試合で2安打完封と結果を残した桑田真澄選手は事実上エースとなります。また、清原和博選手も公式戦初本塁打を記録しています。

大阪府大会を見事に勝ち進んだ桑田真澄選手、清原和博選手のPL学園高校は甲子園で快進撃を続けます。
”やまびこ打線”を擁する池田高校を準決勝で破り決勝では横浜商業を3-0で完封します。桑田真澄選手、清原和博選手の伝説はこの大会から始まったのです。

・2年生時の桑田真澄選手
2年生の春の甲子園にも桑田真澄選手と清原和博選手は登場します。準々決勝、準決勝と連続完封と調子よく決勝に駒を進めます。相手は東京都代表の岩倉高校です。
誰もが桑田真澄選手、清原和博選手のPL学園が夏春連覇するものと思っていました。しかし、桑田真澄選手の力投も及ばず1-0で敗れてしまいます。甲子園において桑田真澄選手、清原和博選手が初めて負けた日です。

2年生の春に悔しい思いをした桑田真澄選手、清原和博選手は満を持して夏の甲子園に臨みます。夏二連覇を目指すPL学園高校は初戦で清原和博選手が1試合3本塁打を放つなど決勝まで猛打を軸に勝ち進みます。

決勝の相手は取手二校でした。この取手二校の監督はのちに木内マジックと呼ばれる木内幸男です。延長戦にもつれ込んだこの試合で取手二校は10回に4点を奪い8-4でPL学園を下します。桑田真澄選手、清原和博選手は春に続き決勝で涙をのみ準優勝となります。

・3年生時の桑田真澄選手
3年生の春の大会も当然のように桑田真澄選手、清原和博選手は甲子園にやってきます。準々決勝まで難なく勝ち進みますが準決勝で初出場の伊野商業に清原和博選手を封じられます。
桑田真澄選手と伊野商業のエース渡辺智男選手の投げ合いの末、3-1で伊野商業がPL学園を下します。この試合で渡辺智男選手は清原和博選手から3奪三振を記録しています。
渡辺智男選手は後に西武ライオンズに入団し清原和博選手とはチームメートとなります。桑田真澄選手、清原和博選手が甲子園で決勝まで行けなかったのはこの春の大会が初めてです。

3年生夏の甲子園大会に桑田真澄選手、清原和博選手は最後の思いをかけてやってきます。
2回戦ではPL学園の猛打が爆発し東海大山形相手に29-7という大会史上最多得点を記録します。大差がついたということもあり清原和博選手はマウンドにも上がっています。
その勢いを持続させ決勝まで勝ち進んだPL学園は決勝戦で山口県代表の宇部商業を4-3でくだし2年ぶりの夏制覇を果たします。この試合で桑田真澄選手は勝利投手となり甲子園通算20勝という記録を達成します。同時に清原和博選手は甲子園通算13本塁打を達成しています。

・桑田真澄選手のドラフト

桑田真澄選手は甲子園で20勝3敗という記録を残したこともありドラフトの注目の的になります。しかし、桑田真澄選手は早稲田大学へ進学を表明します。この桑田真澄選手の進学表明で各球団は桑田真澄争奪戦から手を引くことになります。

しかし、ドラフトで読売ジャイアンツが桑田真澄選手を単独指名したのです。プロ入り拒否するかと思われた桑田真澄選手は読売ジャイアンツに入団し密約説などが流れました。同時に読売ジャイアンツ入りを熱望していた清原和博選手は涙を浮かべて西武ライオンズへの入団となります。

こういったドラフトでのドラマがあり桑田真澄選手と清原和博選手は因縁の対決とも呼ばれるのです。その後、FAで清原和博選手が読売ジャイアンツに移籍してきた時に桑田真澄選手と再びチームメートになりました。心中は複雑だったのかもしれませんが大人ということもありお互いチームに貢献しています。

桑田真澄選手は現在、ユニフォームを着ていませんが今後ユニフォームを着ることがあるのでしょうか。指導者となった桑田真澄選手に期待したいと思います。

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