エース復活となるか?!名投手:金子千尋を垣間見る

金子千尋最大の特長は、豊富な球種と制球力の高さである。ピッチャーというのは、ストレートと決め球になる変化球を1~2個投げることができれば十分勝負できるが、金子には決め球が7個か8個もある。どれも精度が高く、すべてのボールが一級品なのだ。

BBCrix編集部

高校までの金子千尋

金子千尋は新潟県三条市に生まれ、小学4年時に長野市へ転居。石渡育成会少年野球倶楽部にて投手を務める。 

長野商業高校では、2年春の第72回選抜甲子園に出場し、2回戦で近澤昌志・平野佳寿らを擁する鳥羽高校に敗れた。夏は長野大会準優勝。3年夏、2回戦で7回ノーヒットノーランを記録、準決勝で12奪三振をしつつも、塚原青雲高校に敗れた。

ドラフトでの金子千尋

高校卒業後、金子は社会人野球のトヨタ自動車に入社して3年目に抑えとして頭角を現し、都市対抗野球大会でも好投した。 

2004年のプロ野球ドラフト会議において、金子は自由獲得枠でオリックスに入団。近鉄とオリックスの合併によって誕生したオリックス・バファローズの1期生になった。この会議は、前述の合併および楽天の新規参入によるプロ野球再編問題の渦中に開かれたため、オリックスは直前まで参加が危ぶまれていた。 

しかし、スカウトの熊野がトヨタ自動車野球部の練習を視察した際に、金子が投じた「キャッチャーがいなければ果てしなく伸びるようなストレート」に魅了され、球団首脳部に「(今は肘を故障しているが)治れば、来年のドラフト会議で複数球団から確実に上位で指名されるほど金子千尋は大活躍します。今なら単独で獲れます」と力説した結果、自由枠での金子指名に漕ぎ着けた。

プロ入り後の金子千尋(前編)

2005年、金子は前述した故障の影響でリハビリを優先。その影響で、一軍公式戦での登板機会はなかった。故障が癒えた後に、二軍(サーパス神戸)でウエスタン・リーグ公式戦12試合に登板。勝敗は付かなかったが、防御率0.69という好成績を残した。 

2006年は中継ぎを中心に、一軍公式戦21試合に登板。4月12日の西武戦(スカイマーク)に救援でプロ初勝利を挙げると、7月1日の同カード(SEIBUドーム)で一軍初先発。金子は救援では、9試合連続無失点も記録した。 

2007年一軍公式戦で、前半戦中継ぎに起用された。開幕当初、金子は不振だったが、右肘の故障でプロ入り後に実戦での投球を控えていたカットボールを、セ・パ交流戦の期間中から再び投げ始めたことを機に復調。8月に再び先発に転向した18日の対西武戦で先発初勝利を挙げると、26日の楽天戦(京セラドーム大阪)で一軍初完封を記録した。結局、一軍公式戦で、先発転向後6連勝でシーズンを終了。 

2008年公式戦で、金子自身初の開幕投手に指名されると、7回1失点10奪三振で勝利投手になった。以降、平野やデイビーが故障で離脱したことを背景に、先発ローテーションの軸に定着。7月に、4戦4勝でパ・リーグの投手部門月間MVPを受賞。 

2009年一軍公式戦で、2年連続の開幕投手を逃したものの、開幕から先発陣の一角を担った。一軍公式戦全体で、11勝8敗4セーブ、防御率2.57と165奪三振(いずれもリーグ5位)を記録。また、前年から被安打数と被本塁打数を減らした。 

2010年楽天との開幕戦(京セラドーム大阪)で金子自身2年振りの開幕投手を務めると、被安打4で無四球完封勝利を挙げた。7月には、1日の対楽天戦・8日の対西武戦・14日の対千葉ロッテ戦で、米田以来球団史上45年振りの3試合連続完封を記録した。同月から2ヶ月連続での登板5試合全勝と月間MVP選出を経て、9月20日の対日本ハム戦まで、13連勝を達成した。自己最多にして、球団では1993年の野田以来の17勝でシーズンを終えるともに、最多勝利のタイトルを和田(ソフトバンク)と分け合った。また、自身初の200投球回数へ到達するとともに、自己最多の190奪三振、7完投6完封を記録。

プロ入り後の金子千尋(後編)

2011年金子は春季キャンプ中に右肘の違和感を訴えたことから、2月9日に右肘遊離軟骨除去手術を受けた。5月5日に阪神とのウエスタン・リーグ公式戦で実戦復帰を果たすと、一軍に復帰した6月5日の同カードでは、6回3失点でシーズン初勝利を記録。レギュラーシーズンで、開幕に出遅れながらも規定投球回数に到達。自己最高の防御率2.43・WHIP1.06を記録するとともに、10勝4敗という成績で4年連続のシーズン2桁勝利を達成した。 

2012年、春季キャンプ中とオープン戦中に右上腕部の張りを訴えたうえに、オープン戦中に腰痛も発症した。この影響で、一軍公式戦登板は9試合しかなく、連続2桁勝利も4シーズンで止まった。 

2013年、右前腕部回内筋の炎症で春季キャンプを途中で離脱した。レギュラーシーズンでは、戦線を離れることなく、一軍公式戦で2010年以来2度目の200投球イニングに到達。金子は2011年のダルビッシュ有・田中将大以来2年振りに沢村賞の選考全項目を満たした。しかし、得点援護率がリーグワーストの3.18に終わった影響で、金子の勝利数はリーグ2位タイの15勝にとどまった。結局、完投数8で選考基準(10)を下回りながら、NPB公式戦史上初のシーズン無敗で最多勝(24勝)を挙げた田中が沢村賞を受賞した。 

2014年3月上旬に、インフルエンザへの感染で一時チームから離れたものの、前年末の任命通りに、日本ハムとの開幕戦(3月28日・札幌ドーム)で先発。4月には、4日の対西武戦(西武ドーム)に金子自己最多の14奪三振による完封でシーズン初勝利を挙げると、26日の対楽天戦(京セラドーム大阪)では14奪三振・1被安打の完封勝利を記録した。レギュラーシーズン全体で、16勝で最多勝利、防御率1.98で最優秀防御率のタイトルを獲得。前年に逃した沢村賞を、チーム史上初めて受賞したほか、チームがリーグ優勝を逃したにもかかわらず金子は最優秀選手に選ばれた。オリックスの選手が最優秀選手に選ばれた事例は、チームが日本シリーズを制した1996年のイチロー以来であった。 

2015年前年末に右肘を手術したことや、オープン戦期間中に患部のリハビリで戦線を離脱したことから、一軍公式戦で金子は開幕戦の登板を回避。シーズン通算では規定投球回に達せず、7勝に終わった。

2016年は、4月30日の対楽天戦でシーズン初勝利を自身2年振り・通算20回目の完封で挙げると、5月20日の対ロッテ戦(いずれも京セラドーム)で一軍公式戦通算100勝を達成。NPB通算133人目の100勝に、球団史上最少タイ記録の敗戦数(通算56敗)で到達した。その一方で、前年と同様の右肩痛に見舞われたため、6月10日に出場選手登録を抹消。一軍公式戦全体では、前年を上回る24試合に登板。通算防御率は3.83で、与四球数が自己ワーストの59個に達したほか、自身初の負け越し(7勝9敗)を喫した。

今後の金子千尋

2017年の金子千尋はここまでハーラートップタイの3勝。防御率も、同チームの西に続き、2位の1.29と開幕戦の失態があるものの非常に良い形である。(4/20現在) 
一軍公式戦での完封勝利も通算21回目となり、NPB現役投手での最多達成者である杉内俊哉の記録に並んだ。

2016年は、プロ12年目で初めて7勝9敗と負け越したシーズンだった。今年は、この序盤戦の勢いをキープして、突き進んでほしいものである。オリックスの大黒柱の復活を楽しみにしておこう。

「パ・リーグのエースに最も近い男」。オリックス金子千尋の誓い|集英社のスポーツ総合雑誌 スポルティーバ 公式サイト web Sportiva|Baseball
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